認知症対策に保険が有効!?

家族が認知症になってしまった場合、介護をはじめ家族にとって大変な場面や心配事が増えるのは避けられないでしょう。心配事の一つに、認知症になった本人の資産をどう管理するのかという問題が挙げられます。

認知症になってしまった場合、医療費・介護にかかる費用は決して少なくありません。介護費用の平均額は月8.3万円であり、月10万円以上かかっている世帯は31.6%にものぼります(※1)。施設に入る場合、介護老人保健施設の費用の目安は月額8〜15万円、介護療養型医療施設の費用の目安は月額10〜20万円です(※2)。たとえ預貯金があっても、決して安心はできません。

今回は、認知症対策として生命保険を活用する方法について解説します。保険金や給付金を請求する際の注意点についても紹介しますので、ぜひ参考にしてください。

※1)生命保険文化センター「2021(令和3)年度 生命保険に関する全国実態調査」より
https://www.jili.or.jp/files/research/zenkokujittai/pdf/r3/2021honshi_all.pdf

※2)NHK「認知症で要介護認定を受ける手順と介護保険サービス・施設を徹底解説」より
https://www.nhk.or.jp/kenko/atc_723.html#theme7

認知症になってしまったら資産はどうなる?

はじめに、家族が認知症になってしまった場合に資産がどうなるのかを整理しておきましょう。資産が預貯金や不動産だとしたら、どのような問題が発生するのかを押さえておくことが大切。

また、預貯金が十分にあっても、引き出しができなければ認知症の家族の医療費・介護費の支払いはどうなるのでしょうか。万が一にも家族が認知症になってしまった場合を想定して、あらかじめ適切な備えをしておく必要があります。

預貯金の場合

認知症になった本人名義の預貯金は、原則として引き出せなくなります。口座名義人の意思が確認できない状態で取引することは、金融機関にとって不適切な取引などに応じてしまうリスクを伴うからです。

ただし、名義人が死亡した場合とは異なり、取引が全面停止にはなりません。公共料金の引き落としや年金の振り込みなどは従来のまま継続します。制限されるのは、口座からの出金や送金、契約内容の変更など、名義人の意思確認が必要なケースです。したがって、もし家族が認知症になり意思表示が困難な状況に陥った場合、本人の資産を動かせなくなってしまいます。たとえ名義人の家族であっても、本人が意思表示をしない限り口座から預貯金を引き出すことはできないのです。

不動産の場合

認知症になった人が不動産を所有していた場合はどうなるのでしょうか。この場合も預貯金と同様、本人に意思能力がなければ不動産の売買契約を結ぶことはできません。たとえば、不動産を売却した場合に所有権が買主に移転することや、売却の代金を受け取ることになるといった事実を本人が認識できない限り、売却することはできないのです。

不動産の所有者自身が売却の事実を認識できない状態になったケースでは、委任状を書いて家族が代理人になっても契約は無効です。代理人は不動産の所有者自身が任命する必要があることから、意思能力がある段階で準備しておく必要があります。本人と親族であることや、同居しているといった事実だけで代理人にはなれない点に注意しましょう。

生命保険の場合

認知症になった人が生命保険の受取人に指定されている場合はどうでしょうか。生命保険には「指定代理請求」という仕組みがあります。保険金や給付金を何らかの事情で受取人が請求できない場合に、あらかじめ指定した代理人が請求できるという仕組みです。あらかじめ指定代理請求特約を付加しておく必要がありますが、代理人が指定されてさえいれば保険金や給付金を問題なく請求できます。

指定代理請求は、受取人が認知症になったために手続きが困難な場合にも活用可能です。指定代理請求人の指定は保険の契約時はもちろんのこと、被保険者の同意を得て契約後に設定・変更することもできます。早い段階で指定代理請求人を指定しておくことで、認知症によって資産が動かせなくなるリスクを回避できるのです。

指定代理請求とは?

生命保険の指定代理請求を行うには、どのような条件を満たす必要があるのでしょうか。指定代理請求人となることができる範囲と、利用する条件について解説します。

指定代理請求人となることができる範囲

指定代理請求人は誰でも指定できるわけではありません。代理人になれる範囲は保険会社によって異なりますが、一般的には配偶者または親族に限られるケースがほとんどです。よくある例として、3親等内の親族に限り指定代理請求人に指定できるケースがみられます。3親等内の親族とは、次の範囲に該当する人のことです。

3親等内の親族とは

  • ・父母
  • ・子(特別養子縁組で養子に出た子を除く)
  • ・兄弟姉妹(配偶者の兄弟姉妹を含む)
  • ・祖父母
  • ・孫
  • ・甥姪
  • ・おじ・おば
  • ・曾祖父母
  • ・曾孫

裏を返せば、上記以外の人を指定代理請求人に指定することはできないケースが大半です。指定代理請求制度を活用するには、あらかじめ適切な代理人を選定しておく必要があります。

指定代理請求を利用する条件

指定代理請求を利用するには、指定代理請求特約を付加しておかなければなりません。指定代理請求特約が付加されていない保険の場合、代理人になることができる配偶者や親族であっても保険金や給付金を請求することができない点に注意してください。

現在契約している生命保険に指定代理請求特約が付加されていないようなら、被保険者の同意を得た上で特約を付加することもできます。このように、生命保険は受取人の意思能力に問題が生じた場合でも指定代理請求を利用することで、保険金や給付金を受け取る手段が用意されているのです。

指定代理請求ができない場合の対処法

保険金受取人が認知症になった場合でも、指定代理請求特約を付加しておくことで保険金や給付金を請求できるのは前述の通りです。では、もし指定代理請求特約を付けていなかった場合はどうすればよいのでしょうか。

法定相続人代表が保険金・給付金を請求する

生命保険の保険金は受取人の財産とみなされるため、受取人が認知症になった場合は法定相続人の代表が保険金を請求できることがあります。法定相続人は民法で定められており、相続順位は配偶者→子ども→親→兄弟姉妹です。たとえば、夫の保険金受取人である妻が認知症になった場合、その子どもが母親の代わりに父親の死亡保険金を請求できる可能性があります。法定相続人が複数名の子どもの場合、生まれた順番に関わらず保険金は均等に配分されます。

法定相続人の代表が保険金を請求する場合、血縁関係を証明する戸籍謄本などを提出するのが一般的です。保険会社が定める約款によって必要な書類が異なるケースがある点に注意しましょう。

法定後見制度を利用する

法定後見制度は、本人の判断力に問題がある場合に法的権利を守るために設けられている制度です。法定後見制度を利用することで、保険金の請求だけでなく認知症になった本人名義の銀行口座などの管理も可能となります。

法定後見人を選定するのは家庭裁判所です。家庭裁判所に後見人の選定を申し立て、認知症の鑑定を依頼する必要があります。認知症と認定され後見人が選定されると、後見人には代理権・同意見・取消権が与えられます。生命保険の受取人が認知症の場合は、代理権を行使して保険金の請求を行うことも可能です。

法定後見人は、保険金受取人が存命中から権限を与えられる点が法定相続人と大きく異なります。あらかじめ法定後見人を選定しておくことで、保険金を請求する際の混乱やトラブルを回避できるのです。

任意後見制度を利用する

任意後見制度とは、本人が後見人を指名できる制度のことです。保険金受取人の判断能力に問題がないうちに後見人を指名しておくことで、家庭裁判所に申し立てなくても後見人としての権限を行使できます。ただし、任意後見契約を結ぶには公証役場で公正証書を記載・提出する手続きが必要です。

任意後見制度を利用するには、保険金受取人の判断能力が十分にあるうちに後見人を指名しておかなくてはなりません。認知症が進行し、判断能力が不十分な状態に陥った場合は利用できない点に注意してください。

指定代理請求を行う際の注意点

指定代理請求を行う際、死亡保険金または満期保険金に税金がかかる場合があります。それぞれどのような税金がかかる可能性があるのか把握しておき、税負担も考慮した上で受取人を決定することが大切です。

死亡保険金に税金がかかる場合がある

死亡保険金を指定代理請求人が請求する場合、契約者(保険料を支払うべき人)・被保険者(保険の対象となっている人)・保険金受取人の関係によってかかる税金が変わります。具体的な課税区分は下表の通りです。

契約者・被保険者・保険金受取人の関係 課税区分 具体例
① 契約者=保険金受取人の場合 所得税 死亡保障付き医療保険に本人が加入している場合など。
② 契約者=被保険者の場合 相続税 契約者が自分自身を被保険者として終身保険を申し込み、受取人を妻に指定した場合など。
③ 契約者≠被保険者≠保険金受取人の場合 贈与税 妻が夫を被保険者として終身保険に申し込み、受取人に子どもを指定した場合など。

とくに③のケースでは、保険金受取人が贈与税を支払うことになる事実を把握していないとトラブルになる可能性があります。死亡保険金に税金がかかることを事前に説明し、理解を得ておく必要があるでしょう。

満期保険金に税金がかかる場合がある

満期保険金を指定代理請求人が請求する場合は、契約者と満期保険金受取人の関係に注意が必要です。具体的な課税区分は下表の通りとなります。

契約者・被保険者・保険金受取人の関係 課税区分 具体例
① 契約者=保険金受取人の場合 所得税 養老保険の満期保険金を契約者自身に指定している場合など。
② 契約者≠保険金受取人の場合 贈与税 養老保険の満期保険金の受取人を妻に指定している場合など。

①のケースで所得税が課税されるのは、受け取る満期保険金が雑所得とみなされるからです。また、②のケースでは贈与税に年間110万円の控除があるため、受け取る満期保険金が110万円以上の場合が対象となります。たとえば、満期の到来時期を10年・11年・12年の3回に分けて契約した場合、各時期の満期保険金が110万円未満であれば贈与税はかかりません。

認知症に伴う金融資産の凍結リスクに備えるために

2020年の時点において、65歳以上で認知症の人は約600万人にのぼり、2025年には約700万人(高齢者のおよそ5人に1人)に達すると予測されています(※)。認知症に伴う金融資産の凍結リスクは、決して他人事ではありません。こうしたリスクにどう対処すればよいのでしょうか。

※厚生労働省「みんなのメンタルヘルス」より
https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_recog.html

子どもが手を離れる50歳頃から準備しておく

認知症は突然発症するわけではなく、徐々に症状が進行していきます。判断能力が著しく低下してから対処方法を考えるよりも、正常な判断が十分に可能なうちから対策を講じておくことが非常に重要です。

子どもが手を離れる50歳頃から準備を始め、万が一の事態に備えておくほうが望ましいでしょう。本人に判断能力があれば、講じられる対策は複数あります。認知症の症状が進んでから慌てることのないよう、早い段階から対策を講じておくことがポイントです。

生命保険契約照会制度を活用する

認知症を発症して判断能力が低下してしまった場合、そもそもどのような保険に加入しているのかが分からないこともあり得ます。加入している生命保険を把握したいときには、「生命保険契約照会制度」を活用するとよいでしょう。

生命保険契約照会制度は2021年7月から始まった制度で、生命保険協会が運営しています。法定相続人または3親等内の親族が照会すると、1回3,000円の利用料で加入内容を教えてもらえるという制度です。契約している生命保険が判明すれば、それぞれの保険会社へ問い合わせて、対応してもらうことができます。保険金や給付金などの契約内容をはじめ、指定代理請求特約の有無に関しても確認しておきましょう。

生命保険信託の利用も検討する

保険金の受取人が認知症になった場合に備えて、生命保険信託を利用する方法もあります。生命保険信託とは、保険金の使途を信託して受取人自身の生活費等を管理してもらえる仕組みのことです。信託銀行などが契約者に代わって保険金を請求するため、受取人の判断能力が低下した場合も生活費を適切に管理できます。

生命保険の契約者と被保険者が同一で、契約者が死亡した場合、指定代理請求人自身が認知症になってしまうと保険金を請求できなくなる恐れがあります。生命保険信託を利用することで、万が一のリスクに備えることも検討しましょう。

まとめ

認知症によって意思表示ができなくなると、本人が保有している資産を動かせなくなってしまう恐れがあります。預貯金や不動産といった資産と比べると、生命保険はさまざまな方法で保険金や給付金を請求できる仕組みが用意されているのが特徴です。認知症のリスクに備えるための対策として、生命保険を活用することをぜひ検討してみてください。早い時期から対策を講じておくことで、トラブルが生じるリスクを抑えられるはずです。

参考サイト

・親が認知症になったらどうする?知っておきたい預金の引き出し方について
https://www.iyobank.co.jp/sp/iyomemo/entry/20220510.html

認知症の親の不動産を売却する方法は?売買トラブルを防ぐ後見制度を紹介
https://www.home4u.jp/sell/juku/course/sell-49-11818

親が認知症になった場合の保険請求は?給付金請求を家族が代理で手続きする方法
https://money.k-zone.co.jp/study/article/556#heading-h3-6

生命保険契約の受取人が認知症になったとき、どのように請求するの
https://hoken-room.jp/seimei/278

「親が認知症に」保険の契約確認や給付金請求を家族が代理手続きする方法
https://hoken-eshop.com/column/dementia/

家族が認知症になったら資産の手続きや管理はどうなる?
https://financial-field.com/inheritance/entry-154005#i-5

※2022年9月時点の情報です